古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

茂手内物語その②〜「普通」という名の悪魔〜

非モテの問題のほとんどが帰結する「普通」という悪魔の言葉について。
ありきたりな言葉だがこの言葉によって何人の茂手内が死亡したことか。普通なら○○するという言葉、普通なら結婚する、普通なら彼女ぐらいいる、普通なら日本を愛している、普通ならおしゃれしろ。そういう言葉が私たちに非常に大きなプレッシャーを与えている。「普通になれ」こういう言葉がどれほどの茂手内を傷つけたか。結婚しろ、彼女作れ、日本を愛せ、おしゃれしろといっているのと同じ。私たちはそれができないから茂手内になっているというのに、なぜそういうことをいうのだろうか?私の会社にいる先輩も「普通」がすきでよく普通普通と言うのだが、「普通」って文字どうり普通なんだから何の面白さもないというのに。なぜ普通とかいう人たち=茂手杉たちは面白くなくなる方向を選んで平気なのだろうか?
ここまでだとそこら辺の非モテ(キーワードリンクのため)サイトと変わらないのだが、問題はこの後。確かに普通になれという圧力は最低最悪、茂手内の天敵みたいなものなのだが、ちょっとまってほしい。こういう普通になれという圧力が全くなければどうなるのだろうか?例えば引きこもりのような。それはそれで醜悪なのではないのか?私は茂手内といえども、社会との繋がりはある程度(ここ、大強調)必要だと思っています。それは私自身層考えでもしないとやっていけないというのもあるんですが、ある程度社会との繋がりがあり、その普通とのギャップがあったほうがおもしろに発展すると思うんですよ。ま、普通という巨大な圧力に耐えつつ粛々と生きるというのも絶望的に難しいんですがね。

まとめ
茂手内批判の最低のキーワード、それが「普通」。会社の上司や学校の先輩がこれを言い出したら要注意。でも、そこでわざと選択的に普通化の圧力に耐えるというのも戦略として成り立つ。

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