古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

今さらな事

いわゆる「非モテ」という人々にはあまりにも当たり前で何を今さらといった内容の事を書く。
私はなぜTVや雑誌の中つり広告を見ていると腹が立ってくるのだろうか?
こういったものに登場している人間はなぜ誰もかれもが恋愛、恋愛・・・恋愛の事しか考えていないのだろうか。TVのブラウン管に写されるのは、毎日毎日、誰と誰がくっついたとか何とかかんとか。これは「あいのり」のような番組の事を言っているだけではない。あの手の番組が最低最悪で、火の中に投げ入れて死ぬべきなのは自明の理なのだが*1、それだけではない。ちょっと軽くバラエティを作るのでも恋愛ありき。私達の周りにあるメディアは恋愛しろの大合唱だ。
もちろんこれは恋愛してどんどん金を落とせというメディアの側(広告主)の策略で、そのために最近は「どんな人間でも恋愛はできる」という最低最悪の例のプロパガンダの連呼な訳*2だが、それに釣られて発情している人間が多数いる。どれだけオタクでキモイ顔をしていても、何歳になっても、50や60になっても恋愛しなければならないと真に受けて恋愛している人間もいる。いわゆる「非モテ」の敵がこの手の人間である事は改めて確認するまでもない。
ところで、最近下流社会とかそういう言葉が流行っているらしい。それで少し考えたんだけど、今世の中は少数の勝ち組と多数の負け組に分かれるとして、恋愛というものはどう変質するのであろうか。
結論を言うと、今後多数の負け組は「恋愛」という名の麻薬を打たれて生かされるんじゃないかという事。まぁこれは太古の世界に戻るという事なのだろうけど。
今後の世の中は「満足した人生」を送れるのはほんの一握りの人間になるだろう。大多数の人間は貧乏で自分のしたいことも大してできない、残業やストレスだけが増大していく一生を送るような気がする。そんな時に、お金をかけずにお手軽に楽しめる快楽がある。それがSEXであり恋愛だ。社会で勝ち組になる困難さに比べたら異性と付き合うのは簡単だし、どれだけ生活が最悪でも「いい恋愛」をしていれば、そこそこ幸せなのだ。普通、このような現実を直視せず、人の判断力を誤らせるようなものは麻薬と呼ばれ、その害毒は口を極めて批判されているものなのだが、なぜかこの麻薬だけはたくさんやっている人間ほど「いい人間」という事になるらしい。そして、恋愛の素晴らしいところは誰にでもできることだ。一部の人間を除いて。
この一部の人間とはもちろん、私のことなのだが、こういう人間はどうすればよいのだろうか。恋愛が貧困層にあてがわれた唯一の救いで、それすらできない人間だとしたら。
ならば恋愛とSEXを内作すればよい。
萌えと呼ばれるものが志向しているのはそういうことであり、非モテ層においてことさらに妄想力が重要視されるのも同じ事だと思う。
一番不幸なのは私のようにリアル世界での恋愛もできず、かといって本田透にも萌えないゴミといわれる人間なのだろう。できないものはしょうがないんだけど。

*1:ちなみに、あいのりは軽いリトマス試験紙みたいなものだ。私の嫌いな人間は大抵あいのりを毎回楽しみに見ている。

*2:このプロパガンダの荒唐無稽さはすでに非モテ界では共通理解になっているので、詳細は省く。

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