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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

平和の祭典への鎮魂歌

トリノオナリンピック、失敬、オリンピックの敗因を探すのにマスコミの皆さんは大変お忙しそうです。今日の日経新聞にも載っていたのですが、やっぱりトリノオリンピックの敗因は企業頼みの選手強化が限界だそうです。要するに、メダルの取れるように国家が競技を支援しろとのことです。
言いたい事は2つあります。


1.国家によるスポーツ振興は妥当か(リバタニアンからの回答)
2.スポーツマン幻想について


1.国家によるスポーツ振興は妥当か(リバタニアンからの回答)
国家によるスポーツを振興。各マスコミの方々が非常に大好きなフレーズです。なんてったってスポーツは「平和の祭典」ですから、皆さん大好きなのは当然なんですが、少し考えると非常に疑問ですね。
国家によってスポーツを振興しろというなら、文化系活動、例えば駅前で歌うアコギの2人組みとか、妄想系はてなブロガーだとか、同人誌作ってる人だとかそういう人間も国家による援助が必要でしょう。体育会系の活動は国が援助するけど、文化系の活動は国は援助しないというのは国家による差別以外の何者でもない。そして、例えばヒップホップの曲にあわせて妙な記者会見を行いつつスノボーでジャンプする事と、はてヒだプロレスだとブログ書くことはそんなに違いがあるのでしょうか。
でも、恐らく、成田メロはメダルが取れそうだからメダルを取る事は国威発揚になり、大日本帝國万歳なので国家が援助すべきだと言う方もいらっしゃるかもしれないですね。それこそが全くもっておかしいのですが、例えば、今後、日本国が莫大な予算を費やし、全ての競技でメダルが狙えるようになったとします。そして金メダルが20個、30個と取れるようになった時、それは日常になって、だれもメダルなんかに興味を示さなくなるでしょう。
つまり、金メダルなんてたまに取れてフィーバーがおこるぐらいがちょうどいいんですよ。それだったら、世にあまたあるスポーツ協会を民営化し、人気があるスポーツにだけ金が集まる=強化ができるようにした方がよっぽど効率的でしょう。
要するに、ソリ*1とか成田メロのために税金をつぎ込む事は全くムダだと言うことです。ソリがもし真に魅力があり、金メダルを取るに足る競技なら、人気が出て、間違いなく強化するに足る金が集まるでしょう。ソリがもし資金難であれば、それは私達がソリは金メダルを取らなくともよいと思っているからでしょう。


2.スポーツマン幻想について
私達はNumberの読みすぎなんです。私達はあらゆる「アスリート」が国を背負い、人々の期待を背負って血の滲むような努力を続けているという例の細かい字の3段組の物語、私達は心底あれに脳を汚染されている。
大体、スポーツマンだということで、大抵の事は許されている。受験、就職、恋愛…あらゆる事で優遇されているのに、その上で脳内でアスリートが凄いみたいな、そんな妄想を持っていてもしょうがないでしょう。私の会社にもいわゆるスポーツ推薦みたいな人間がたまにいますが、彼等は曰く、スッチーと合コンしただとか、今日は何してサボっただとか、そんなことしかはなさないわけで。
大体、スポーツやって奴の優遇を正当化する常套手段として、「一つの事に一生懸命になれる事は凄い」と言うことがあります。それだったら、2Chやってた事だって、非モテルサンチマンを超長文ブログにぶつける事だって「一つの事に一生懸命になれる」事で「凄い」事でしょう。なのにそんな文化系アスリート達が「凄い」という評価を得ることはなく、逆に常に「キモイ」という評価を受けている。ならばせめてスポーツマン幻想を捨て去るべきでしょう。彼等を必要以上に崇め奉らないこと、それが我々にできるせめてもの反抗なんでしょう。かくいう私は野球とかみるのは結構好きなんですけどね。

参考図書(前半について)

不道徳教育

不道徳教育

*1:偏見に満ち溢れたボブスレーの表現

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