古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

あなたが人を裏切るなら僕は誰かを殺してしまったさ

http://d.hatena.ne.jp/kanose/20060519/subarashii
加野瀬さんよりトラバ。


「素晴らしい人々」へのルサンチマンでははてヒで一番の私が来ましたよ、と。
加野瀬さんが言っている事はもっともではあるんだけど、「素晴らしい人々」ってオタクとサブカルの区別すらついていなくて、なんかよくわからん趣味を持っているとそいつは「オタク」ですからね。しかもそのよくわからん趣味っていうのは、フジロック行くとか、ちょっとゲームの話とか(例えば、ドラクエみたいな、超メジャーゲームの話題でも)したら、それでオタクですから。会社の「素晴らしい人々」から言わせると私はオタクらしいんだけど私からすると私なんかがオタクなんて、オタクに失礼だと思うんですよね。そもそも、何をもってオタクと判断しているのか、もちろん、オタクに関する基本文献、岡田斗司夫斉藤環東浩紀あたりは当然読んだ上で、その中のオタク定義のどれに私が当てはまり、私の行動の具体的にどこを指してそう言うのか、小一時間問い詰めたいところではあるんですがね。


文化の優劣でもって差別をする(例えば、スタジオボイスを読んでる俺は偉くて、アニメを見ているお前はダサいというような!)と言ってくるようなオタク対サブカル的な対立というのはは確かにしょうもないんだけど、まだましなんですよね。「素晴らしい人々」っていうのはそれすらない印象。
自分のセンスがよい→お前のセンスは悪い→差別
ではなくて
お前のセンスはなんとなく変だ→オタク→差別
ですから。
そういった人間に自分の趣味を説明しなければならない不毛感。これはもの凄いがあります。
しかも、あんたらが趣味の話しろって言ってるから鬼束ちひろの話してやったのに、それでオタクだって!


「素晴らしい人々」のどこが素晴らしいかって、世界の多様性を一切認めず、自分たちの価値観こそが絶対最大最強のものだと全く疑わないところなんですよね。だからそこから外れたものは萌えアニメだろうとマッドチェスターだろうとフジロックであろうと山形浩生だろうとはてなだろうと全てを「オタク」の三文字で排除できるんですよね。や〜なんて素晴らしいんでしょうか!!

サンボマスターは君に語りかける

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