古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

発想力トレーニング講座の宿題

何度か取り上げています。月一で通っている「発想力トレーニング講座」。このブログをお読みの皆さんは、「どうせrepublicは終わったあとの飲み会で飲んだくれてるんだろう」とお思いかと思います。それは事実なんですが、講座自体は非常にまじめ且つクリエイティビティを養うものなので、宿題も出るわけです。ちゅうわけで今回の宿題は「一冊本を選んで800〜1200字ぐらいでお勧めテキストを書く」といったものです。で、こんな感じ。


小説・「24アワー・パーティ・ピープル」
Amazon.co.jp: 24アワー・パーティ・ピープル: トニー ウィルソン, Tony Wilson, 江口 研一: 本

24アワー・パーティ・ピープル

24アワー・パーティ・ピープル


カメラに向って一言
「ほら、みんなDJに拍手したでしょ?ミュージシャンでも、クリエイターにも音楽にでもなく、媒介に。
これなんだよ。レイブカルチャーが誕生し、黒人だけでなく白人も踊りだした。
マッドチェスターにようこそ。」



これは80年代に生まれた伝説的なレコードレーベル「ファクトリー」とクラブ「ハシエンダ」がいかに生まれ、時代の先端となり、死んだかを描いた
映画、「24アワー・パーティ・ピープル」の主人公、トニー・ウィルソン自身による映画のノベライズである。
自分が出る映画の自分自身によるノベライズ、それはすなわち自らを神とする行為に他ならない。


マッドチェスターの狂乱の中で生み出された楽曲の数々はもちろん素晴らしい。
でも、彼らは「楽しいから」自分達のレーベルを作り、クラブを作り、そして潰したのだ。生み出された目も眩むような曲の数々はその結果に過ぎない。
彼らの中には「アーティスト」はいなかった。いや、アーティストはいたのだが彼はすぐに自らの命を絶ってしまう。
それでも彼らは生き続けた。レーベルをやめるでもなく、自分達が楽しいことをやり続けた。
自分達の楽しさが何よりも優先され、そのために彼らはしばしば決定的な間違いを犯した。
売る度に赤字になるレコード(Blue Monday。しかもそれはイギリスで最も売れた12インチシングルとなった)、
イベントが終わってから配られる入場チケット、いつもがらがらのクラブ、曲を作らずドラッグをキメる所属アーティスト。


その結果訪れるレーベルの終焉がひどく間抜けなものであっても、例え自分の手で何も残らなくても、ただ、楽しければよかった。


私が何より素晴らしいと思うのは、彼らが自分の楽しさだけを求めて生きていたことなのだ。
私が生きているこの世界では、右対左なんていう言葉はすでに死んで久しい。
それどころではない、政治も、宗教も、サブカルも、オタクも、アカデミズムだか、ポストモダンだかも。
もちろん「真のアーティスト」も。
ありとあらゆる偶像が破壊されつくした中に私はいる。


私たち(と、もう括ってしまうが)には「すがるべき偶像」など存在しないとするなら、そんな中でどうすればよいのだろうか。
ただ、毎日決まったように飯を喰らい、人と交わり、排泄して死ぬか。動物か何かのように。
ならばせいぜい自らの手で踊り続けるべきだろう。踊った先に何もなかったとしても。
自分だけのステップ決めて。悪い気はしないはずだ。その気になれたら。
それともトニー・ウィルソンのように自らの歩みを自らの手で神話とするか。

トニー・ウィルソンの神話を片手に私は踊り続けようと思う。