古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

欲望充足機関としてのWeb2.0

「私たちはなぜブログやSNSを更新し続けるのか?」という問いについて。


なぜ?と聞かれると結構困ってしまうこの問いについてですが、「自分の考え・見方を広めたい」とか「(他人と)繋がりたい」とか、いろいろな理由があると思います。しかし、一番大きいのは「他人からの評価」ではないでしょうか。「自分の考え・見方を広めたい」っていうのも。「(他人と)繋がりたい」っていう理由も結局、そういった評価を求める上での話ではないのでしょうか。


私たちは誰もが「こう見られたい」という欲望をもっています。
曰く、「俺は頭がいい」「俺はモテモテだ」「俺は仕事ができる」などなど・・・屈折した人だと「俺はメンヘルだ」とか「俺は絶望している」なんていう風に見られたいと思っていたりするかもしれません。ひょっとしたら男だけど女だと見られたいだとか、その逆だとか、そんな人もいるかもしれません。そしてそれはリアルでは充足不可能なものもありますし、様々なしがらみにより、とかくリアルでそういったものを実践するのは難しいです。
ところが、ネットはそういうものの選択の幅が広く、しかも簡単になりたい自分になれます。これはかなり素晴らしい事です。「こう思われたい!」と思ってブログを書くことは全く悪い事ではないし、普通です。私だって、「こう見られたい!」なんて像を常日頃思いながら当うんこブログを更新し、ネット名声を追い求めている次第です。


「テキストサイト」と呼ばれた太古の時代*1からくらべてそういった名声を遥かに得やすくなっています。コメントやトラバ、ブクマなんかで。テキストサイトの時代って結局何だかんだといっても、リアルでの繋がり志向というか、イベント志向というか、ウェブからリアルへのフィードバックを志向していたような気がしているので*2。そして、この「ネット名声=ネット内での評判・評価」をこれほど追い求めるようになったのは、ブログというメディアで初めて立ち現れてきた事なのではないのでしょうか。ともかく、ブログやSNSといったものによってかつてないほど「こう見られたい」という私たちの欲望が簡単に満たされる事になり、今後登場するサービスというものは、さらに私たちの欲望を満たそうとするでしょう。恐らくそれがPosh Me!*3であったりオーマイ*4であったりそれともまだ見ぬほかのWeb2.0であったりではないのでしょうか。



ところが、忘れてはならないことがあります。
それはネットにアップされたものというのはその瞬間に他人の解釈に晒されるということです。
そして当然ながらそれをコントロールする事はできません。


本人は「日本の論壇に若手論客登場」なんて気になって書いているブログが、他人にとっては「ネタ」もしくは「童貞」ブログとして消費される事は悲劇ではありますが、ありふれた悲劇です。
本人の「こう見られたい」と望んでいる像と実際の「ネット名声」との乖離。
どうでもいい事のようでネットで生きるには重要なことのような気がします。
ただ、ブログを書いている人間なんてものは大概な場合は他人からの評価・賞賛を求めまくっているわけです。
評価は必要だけど、自分が欲しい評価しか必要ない、ここにブログやSNSといったものの根本的な矛盾があるような気がするような、しないような。

*1:そんなに昔じゃない!

*2:この辺はばるぼら先生著「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書」を読んでの感想。まだ読みかけだぁ〜〜〜(泣)

*3:http://poshme.jp/

*4:(笑)。オーマイの大変に趣深い現状については明日エントリアップ予定です。