古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

はてな村博物誌6「はてな村とオーマイ村」


天は何も語らず歴史をして語らしむ*1


四方を電子の海に囲まれた、ここブロゴスフィア島。
ブロゴスフィアにも新しい生命が息づく春がやってきました。この春、ブロゴスフィアの山中に二つの新しい村ができました。
はてな村とオーマイ村です。はてな村は近藤村長、オーマイ村は鳥越村長によって作られました。近藤社長はとなり村、ココログ村出身のナオヤ自治会長と、村民同士のプロレスが大好きな加野瀬青年団長と一緒にむらおこしです。
一方、オーマイ村もメンバーでは負けていません。自治会長は平野さんというメリケン帰りのインテリ、鳥越村長の会社の後輩でブロゴスフィアに詳しい佐々木さんは青年団長です。


あたり一面緑に包まれる夏です。はてな村もオーマイ村も元気に村の畑を耕しています。
鳥越村長は電子の海の向こう側、じゃーなりずむ島と呼ばれる大都会のある島の人々と大変に仲が良かったので、そこから多くの人々を移住させました。落武者から一代で巨万の富を築いた孫さんという大富豪がスポンサーについているため設備も豊富です。夏祭りには小林よしのりという昔大変に才能のあった大道芸人を呼んだりしました。
一方、はてな村はよくわりません。村の催しといえば、変な犬を連れ回せたり*2、なぜか自分たちの村の事を「はてなちゃん」と呼んだりと意味がわからないことばかりやっています。おかげでまわりの村の人々からも「あそこの村は気持ち悪い」と呼ばれる始末です。


紅葉に辺りが彩られる秋になりました。ブロゴスフィアは収穫の季節です。
あれほど気味悪がられていたはてな村はなぜか活気に満ちています。
一つははてブと呼ばれるサービスのおかげです。この広大なインターネットの世界で今、どんな新鮮な海の幸、山の幸が収穫できるかを瞬時に教えてくれるこの便利なサービスは他の村の人々からも大人気です。
そしてもう一つ、はてな村の公民館で行われるプロレスの興行です。村の青年団長が趣味で始めたこの興行、話題が話題を呼んで今では他の村の人々まで観戦にやってきます。
一方、オーマイ村の方ですが、こちらは村人が減っています。
元々、オーマイ村は村への移住を制限していました。実名と、銀行口座番号を教え、村議会で選ばれた人のみが移住できます。その分、村の特産物の質を上げ、観光客を沢山呼ぼうとしたのです。ところが、それがいつの間にか「実名の村民は偉く、匿名の村民は信用ならない」という論理にすりかわってしまいました。
村長からして率先して少し離れたところにあるにちゃん村の批判を始めてしまいました。
鳥越村長に「にちゃん村はゴミ溜めだ*3」と言われて怒ったのはにちゃん村の人々です。そんなわけでいつの間にかオーマイ村では奇妙な事件が度々起こるようになりました。一番観光客を集めた村民が、実はにちゃん村の村民だったり*4、村人が住んでいる家に意味不明な落書きをしたり・・・。
村の青年団長、佐々木さんはそんなオーマイ村が心配でなりません。度々村の内外に向けてオーマイ村の現状をリポートしました*5。しかし、村議会にはあまり届かなかったようです。オーマイ村の状況は変わりませんでした。


生命が全て凍り付く冬がやってきました。そんな中でもブロゴスフィアの村には明かりが灯っています。
はてな村は相変わらず気持ち悪い村のままです。でも、あまりに変すぎて有名になってしまいました。この間など、村上さんというわかったような口をきく名人に連れられてカンブリア宮殿という大きな宮殿から沢山の自称エリートや自称キャリアウーマンが視察にやってきました。彼らは村の気持ち悪い所は見ようとせず、毎日自転車で役場へ通う近藤村長の事だけを誉め讃えます。この間発表された村の特産物は特定のおもしろ画像にセリフ入れて遊ぶという、一体何が「うぇぶにーてんぜろ」なのか全くわからない特産物です。でも、はてな村の村民は口々にこう言います、「これがこの村らしさなのさ」と。そして村の外の人々は今日も顔をしかめます。
オーマイ村はどうでしょうか。先日、鳥越村長は村議会で匿名の村民の排除を打ち出しました。今後は実名でなければ村に住むことはおろか、村民と話すことすらできなくなりました。これに周りの村の人々は大変に驚き、口々に[これはひどい]とつぶやき合ったそうです。佐々木青年団長は大変な危機感を覚え、村議会で大演説*6を行いました。
この演説はオーマイ村の外の人間からは賞賛をうけましたが、案の定、オーマイ村の村議会では全く相手にされなかったようです。それどころか、ある村議会議員は「偏差値70以下の人間はオーマイ村に来るな」などと言いました。
実はオーマイ村の村議会ではじゃーなりずむ島から移住してきた人々が多数派を占めており、彼らはあくまでも以前暮らしていたじゃーなりずむ島の流儀に沿って生活しようとしていました。彼らにはじゃーなりずむ島の流儀に従って村を運営しようとし、また村の住民達にもそう要求しました。それが、ブロゴスフィア島の土着の島民との軋轢を生むことになりました。また、彼らは実名も匿名もないようなブロゴスフィアの慣習にどうしても馴染めなかったのです。それどころか、都会のシティボーイだというプライドが邪魔して、ブロゴスフィアの他の住民たちとも触れ合おうとはしませんでした。こうして、オーマイ村は次第に過疎の村になっていきました。


一年が経ちました。オーマイ村を一望にできる小高い丘に佐々木青年団長が案内してくれました。そこには一つの大きな石がありました。「オーマイ村があった証がほしくて」佐々木さんはいいます。
オーマイ村は来年にはダムの底に沈むそうです。


語り、松平定知アナウンサー*7


この項、了

*1:仲谷昇さん追悼

*2:そのテーマパークは「はてなワンワンワールド」と呼ばれています。開園当初こそ物珍しさから多くの人々が訪れましたが、今は訪れる人もまばらです。

*3:http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0607/10/news052.html

*4:http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000000046、http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000000240

*5:http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2006/08/post_6.html、http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2006/09/post_7.html

*6:http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2006/11/post_8.html、http://blog.japan.cnet.com/sasaki/2006/11/post_9.html

*7:文中にタクシー運転手は一切関係ありません