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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

非モテ政治経済概論

妄想

http://d.hatena.ne.jp/furukatsu/20070107/1168183833
面白い話ではあるのですが、肝心の所、古克氏が見えざる神の手をどの程度制限するべきかということがよくわからない。つまり、恋愛ケイジアンなのか恋愛共産主義者なのかがよくわからない。つうことで自分で考えてみた。

「恋愛」は国家のものになる。いつ、どこで誰と誰が恋愛するかという事は全て国家が決める事になる。
例えば、どこの電車で伊東美咲泉谷しげるに絡まれるか、誰がそれを助けるか、全ては国家によって統制される(それか合同結婚式みたいなものになる)。「第2次5ヵ年計画」なんていって「5年で結婚数を○○件まで増大させる事」みたいなのが書記長からのお達しで出てくる。
メリットとしては
・「平等」が達成される
これの問題点としては
・実質上国民総背番号制の導入とセットになる(管理の必要による)
・物凄く非効率(管理をする「恋愛省」の役人は何人必要だろうか?そのための管理コストはどれぐらいだろうか?)
・「恋愛」の価値自体が暴落する(社会主義で労働しても労働しなくても同じであるように)か「闇恋愛」が横行する。

  • 恋愛修正資本主義

「恋愛」は原則「見えざる神の手」に委ねられる事になる。しかし、修正資本主義の場合、この神の手は不完全であるという前提に立つので、大規模な「公共事業」が行われる事になる。つまりそれは国営の合コンであったり、国営のラブワゴンであったりする。
メリットとしては
・社会主義ほど徹底的ではないがある程度の平等が達成される
・社会主義ほど非効率ではない
デメリットとしては
・結局不平等は残る(全員がメリットにあずかれるわけではない)
・大規模な腐敗が起こる(今の日本の官僚達を見よ。)

最後に、恋愛リバタリアニズムというものについて考えてみたい。
古克氏を含むほとんどの人々が今の自由恋愛市場というものは「自由すぎる」と考えているが、それは本当なのだろうか。実は全然自由ではないのではないのか。
我々は恋愛についてある規制を設けられている。それはつまり、


「人間は皆、たった一人の運命の人と運命の恋愛し、一生添い遂げなければならない」


という純愛信仰である。少し考えればわかるとおり、これはとてもコストが高い。探すのにも苦労するし、維持するのにも。これは国家による統制でもあるかもしれないし、電通の仕業という陰謀史観をもってきてもいいかもしれない。
自由恋愛市場がなぜ儲かるのかというとこの規制があるためである。市場で勝ち抜くためのハードルが高い割りに参加が義務付けられているため、みなどんどんコストをかけざるを得ない。どれだけコストをかけても勝負にならない人もいる。
自由恋愛の自由を制限するよりもこの規制を取り除くほうが必要なのではないか。それはつまり、お見合い結婚のすすめであるし、風俗やキャバクラが市民権を得る事かもしれないし、2次元恋愛やAVの賞賛かもしれないし、ひょっとしたら家族システムの変更かもしれない。
ともかく、この規制を取り払い、恋愛の価値を下げる事。それによって恋愛は「大した事ないもの」になるのではないだろうか?


以上思考ゲームでした。

*1:1年ぐらいずっと勘違いしてた。ごめんなさい

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