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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

甘えられない人々

妄想

最近流りの「甘え」議論について。
自分の考え。
自分は人に甘えたりする事があまりうまくありません。
いつも仕事をしていると「甘えるな!」と言われていますし、何でも自分でやります。物理的に単純に手が足りなくなる事もありますが、それは大抵一人で残業して片付けます(残業代?なんですかそれは?)。それが普通だと思っています。


でも、ふと目を他に向けるといわゆる「素晴らしい人々」が簡単に他の人に見積もり作ってもらったり、手助けしてもらったりしています。
そういうことに対して自分も不公平だとか、疑問だとかそんなような事を考えます。
甘えるっていうかそれは単に仕事に出来ないだけかもしれませんけど、「素晴らしい人々」に限ってどうでもいい出来事をドラマチックに語るわけです。曰く「学生時代○○(スポーツ名)でコレだけ頑張った」とか、「○○で仕事頑張った*1」みたいに。いつの世も、大衆居酒屋で交わされる会話はこの手の優越感ゲームないしは、自慢合戦、ないしは就職面接なわけです。自分もまぁ、なんだかなぁと思います。会社なり恋愛なり人生なりで成功する、皆に認められる人ってもうあらかじめ決まってるんじゃないの?んで、俺はそこから思いっきり外れてるんじゃないの?どう頑張っても「正しく」はなれないんじゃないの?どれだけ努力しようと、仕事しようと関係ないんじゃないの?とすらよく考えます。つうか不公平だろ、つうかおかしいだろ。つうかルサンチマン溜るよ。
だから、id:mizukikさんがおっしゃるのもよくわかります。


でも、自分が甘えられないのなら、甘える人に対して恨み言をいうよりも甘えなくても済むように自分のスキルを身に着けることなのではないのでしょうか。
人に頼れないからこそ、人に頼らなくても生きていけるようにする。少し寂しい考えですが、仕方ないのかもしれません。「非モテ」と呼ばれる人は概ね「甘え下手」な人々が多いと思います。であれば自分一人で生きていける食い扶持なり能力なりを見つけるようにした方がいいんじゃないかなぁとぼんやりと思いました。助けてもらえるのはもちろんありがたいことではあるんだけど、人に頼るのは少しやり方としては上手くないんでないか。あまり言われない事だけど、ここで一番頼っていけないのは「国家」だとおもうんだけど、そこって意外と無自覚な人っておおいような気がしています。


自分は人に頼らなくても生きていけるのでしょうか。いつか誰かに甘えることができるのかなぁ。

*1:600万ばばぁがこの手の会話が大好き。

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