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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

「邦楽は洋楽に負けてる」とか「最近のJ-POPは・・・」言う縁側トークについて

昔からよく言われていることです。この手のフレーズは上島竜平御大のトリモチ落下なみの伝統芸能フレーズであるといえるでしょう。
また最近のはてな界隈でもこのフレーズを用いたエントリが結構なホッテントリになっているようです。


私なんかの場合ですと、先ほどの話ではありませんが「じゃあニルギリス聴いてみろよ」とか「大沢伸一聴いてみろよ」とか「Blanky Jet Cityの解散ライブのライブ盤聴いてみてからそういうこと言えよ」とか「鬼束ちひろ*1のファーストは・・・別に聞かなくていいや」とかそういうことを思うわけですが、これはあまり意味がありません。なぜなら、それはあるアーティストが「いい」とか「わるい」とかそういった解釈は個人の主観に委ねられているからです。世の中にはBlanky Jet Cityが好きな人も嫌いな人もいます。
でも、そうするとおかしな事になります。「邦楽は洋楽に負けている」というのも個人の主観になるわけですから。要するに「邦楽は洋楽に負けている」なんていう事はあなたがそう思いたいからそういうことになっているだけなのではないかなぁと思います。最近のJ-POP、歌詞ががクソだろうがメロディがクソだろうがなんだろうが、それが売れている限りそれは作られ続ける。私もそれは耐え難い事ではありますが、それが止まることは恐らくありません。
そして、もう一つ。音楽なんていうものは解釈する人次第なのではないのでしょうか。
メロディがあって歌詞があって、それから何を受け取って解釈するか、そしてどう行動するか。
極論すればスミスだろうが、エフィックスツインだろうがモーニング娘だろうが伊藤賢治だろうが、そこから何かを感じられる人/時/シチェーションはありますが、感じ取れない時はほんとに感じ取れない。大塚愛をクソだと思うのは(私もそれはあまり間違ってはいないと思います)、J-Pop界が悪しき病巣でも邦楽のレベルが低いわけでもなんでもなくて、あなたがそれを感じ取れなかっただけであって、何かが悪いというレベルの話ではない。感じ取れなければそれは黙って他の曲をi-Podにぶち込むべき。
恋人との思い出に浸る。フロアで踊る。カラオケで盛り上がる。苗場で絶叫する。他者とのコミュニケーションツール*2として使う。メンヘルになる。それらは全て同じ意味であり、そこに客観的な優劣なんかないと思います。


主体はアーティストではなくリスナーである。この事を例の縁側トークはあまりにも軽視しているのではないのでしょうか。

*1:そいや復帰するらしいですね・・・

*2:ミスチルクラスになるとこういった使い方も可能らしい