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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

ぼくらの正義と非モテの終わり

私のエントリが発信源である以上、これについては触れなければ。


http://d.hatena.ne.jp/republic1963/20070222#p2

http://d.hatena.ne.jp/hazama-hazama/20070226


id:wakaaさんと知り合いになったのは私がまだブログを始めて間もなかった頃、アクセスもほとんどなくずーっと深夜の馬鹿力のまとめとか、New Orderの話とかを書いていた頃だから、もうかれこれ3年以上前になる。
たまにコメントしたりする程度だったけれど、コメントが付いたりすると嬉しかった。
id:hazama-hazamaさんともご存知の方も多いかと思うが、非モテ論議の一番最初の頃から交流があったし、クソタイも一緒に作った。そもそも、私がはてなの偉い人とかと始めて交流をもったのが、ハザマさん目当てで行った非モテオフだったんだから、今こういうようなブログを続けているのもハザマさんのおかげといえばおかげだ。
そんな私の友人二人が言い争っている。しかも原因は私のエントリを巡ってだ。ブロガー的に言えば、「揉め事」だろうか。そしてはてなの非モテ論壇ではwakaaさんは「素晴らしい人々」認定を受けている。
自分は、とにかくこんなことは早くやめて欲しい。こういうことになってしまったのがとても嫌だ。

非モテがどうとか、論理としての正しさだとか、そんなものはどうでも良くて、お願いだからそんなことはやめて欲しい。今回の件で原因が私のエントリにある以上、それを書いた責任が問われるのは当然の事だ。謝って済むのなら謝りたい。
こういう、ムラ社会的な言い方は論理の整合性や知識の量を重視するインターネットで持ち出すのは正しくないかもしれない。でも自分はインターネットであってもディスプレイの向うには、人がいて、コミュニケーションできるものだと、それがネットを信じてるという事だと思っている。ネットを通しての交流しかなくても、友人同士が争ってるのを止めようとしたり、ネットで友人が槍玉に上がっていたら何とかしたいと思うのがそんなに間違っている事だろうか?
それよりも争いあうのが非モテとして「正しい」のなら私は「正しく」なくていい。

と思って今日、こうしてエントリを書いている。本当はもっとムラ社会的な解決方法も考えたんだけど、せめてもの誠実さとしてエントリという形で多くの人々の目に触れる場所に私の考えを書いている。

ディスコミュニケーションはてブの人たちはいうけれど、自分達は理解してもらえるように言葉を尽くしたのだろうか、自分の考えを多くの人々に知って欲しいのなら、受け取る側のバカさ加減を責めるよりも自分の伝え方を工夫するべきだと自分は思う。
ディスコミュニケーションと言うのは簡単だけどその事はもっと問われていい。
自分は自分のネット上の友人に「素晴らしい人々」なんて一人もいないと断言できるけれども、「素晴らしい人々」であるwakaaさんと友人になれるのなら、それは私も「素晴らしい」という事だ。
ならば私が語った「素晴らしい人々」論、非モテ論は全ての事は嘘だったという事だ。
私は嘘つきだ。

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