古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

謝罪文とかネットの自由とか、田中リングアナとか

街を歩いている。
向うから筋骨隆々の蝶野正洋が歩いてくる。
すれ違う。
喧嘩キック。
倒れる。遠くなる意識の中で、「ア〜イム,蝶野!!!」という例のフレーズが耳にこだましている。


え〜前回のエントリの続き。とりあえず謝罪。あのエントリについてですが、自分の常日頃の主張との乖離があまりにもありすぎて、矛盾していますね。私みたいな人間がムラ社会的コミュニケーションを肯定してどうする。どんだけお前の主張は首尾一貫していないんだよ、という…ねぇ、これが。ただ、自分自身にとってリアルな事例として出てきてはじめてこういうことが判明したというのは結構収穫だったのかもしれません。republiucさんはその程度の人間であった、と。自らの不明・認識の甘さを改めて思い知る思いです。その意味でhazama大ハーンの態度は全く正しいものであると思います(人のブログでそれをやり始めたことについては「…」)。「友達だから」だとかそういうムラ社会的なコミュニケーションでもって解決しようとしていたのは間違いである、と私も思います。今改めて考えると。


んで、上の例。
「プロレスラーが一般人にプロレス技かけていいのか問題」。つまり、「ネット上で(プロレス的コミュニケーションを)知りもしない人間にプロレス巧者がプロレス(論争とか、炎上とか)仕掛けていいの?」という話。

これに対しての考え方は2つあります。
・「ネット」というのはフラットで自由なものであるから、「誰それだから手加減しろ(この場合は初心者だから手加減しろ)」というのは絶対に認められない


・「ネット」といえどもコミュニケーションであるからリアルのコミュニケーションと同じく発言者のバックボーンについても考慮の上、(必要とあれば)手加減するべき


通常、はてな村だとかWeb2.0だとかそういうものを支持するような人は恐らく前者の考えに基づいており、私も今まではその立場に立っていました。んで、後者の考えは突き詰めると「実名=善、匿名=悪」のオーマイニュースになります。オーマイニュースっていうのがあったんですよ、昔。
これは異なる文化圏(DQNとかオタクとか)が入り混じりかつ簡単にコミュニケーションが成り立つネット特有の問題だと思うのですが、基本的にはこのネットの自由というのは最大限に認められるべきだと思っています。自分の信条的にも。「○○だったら○○するべき」みたいな押し付けが大嫌いな人間がそんなこといってれば世話ねぇな、ということで前回のエントリについては大謝罪でございます。
しかし、思います。自分が嫌だなーと思ったのは、ここではてな村的に正しいコミュニケーションスキルに大きな違いのある人(本職のプロレスラーと普通の人ぐらい)がプロレスやったら絶対本職が勝つじゃないですか、それを本職から一般人に仕掛けて、プロレスをレスラー総出でやってそれで楽しいんでしょうか?あまつさえ、「プロレスの修行を積んでからこのリングに上がってください」とか「プロレスの文脈を理解してないから「素晴らしい人々」だ」みたいな事言い出す人まで出てくるし…。それは「素晴らしい人々」が「コミュニケーションスキルを見つけてから〜」とか「「当然のコミュニケーションスキル*1」を理解してないから「無能者」だ」とか、そういう事をいう人とどう違うんでしょうか?
好きにプロレス仕掛けるからいいじゃん、ってことなのかなぁ。「正しいはてなの非モテ」的には大嫌いであろう自己責任論的にはそれは正しい。でもプロレスって凄い危険だから訓練したレスラーですら死んでしまったりするのに。ほんと「シャレにならない事態」が発生したらどうするつもりなんだろうとか思うんですけど。
あと、もう一つ言うと誰も彼もにプロレスを仕掛続けると単純に「閉じて」行くんじゃないかと思います。
つまり、非モテなら非モテに対して言及するにあたっての参入障壁が単純に高くなっていく。


話が逸れました。要するにわけがわかってないです。プロレスは最大のショーであるって事なのかなぁ。
確かに「DISと揉め事ははてなの華」なんだけど、それゆえにプロレスのスキルがある人はプロレス仕掛ける人とか物を慎重に吟味しないといけないんじゃないかなぁ。それは観客の責任でもあるんだろうけど。「ウェブ」の自由ってそんな人が言うほど楽なお題目でもユートピアでもないんじゃないかなぁ。

「プロレスの誇りと、自信と、夢。プロレスファンよ胸を張れ!そして、しかと見届けよ!」*2

*1:大抵体育会系上下関係なんだけど

*2:蝶野×三沢戦での田中リングアナの前口上より

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