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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

兼業アーティスト宣言

先週文化系トークラジオLifeの公開録音に行ってきました。
http://www.tbsradio.jp/life/20070519/
そこでも触れられていたので、是非ポッドキャストを聴いてみていただきたいのですが、セゾン文化やら企業メセナとかの話がでてきた時に真っ先に思い立ったのがインターネットのことでした。最後の質疑応答のときに本当はこの事を質問しようと思ったんだけど、あんまり作り手の話にならなかったので断念・・・。
んで、質問しようと思ったこと。


今の今まで、パトロンの担い手は企業でした。でも、今は各個人の善意によってパトロンになる事ができないのでしょうか。できないとしたらそれはどんな理由からなんでしょうか。
はてなポイントだとか投げ銭だとか。そういったもので「真のクリエイター*1」をサポートする事はできないでしょうか。


これは多くのWeb2.0本の大好きなセールストークです。ただ、現実はそんなに甘くはありません。


みんな、メジャーアーティストのPVや有名小説家が書いたブログは大人気ですが、世界のどこかで誰かが作った曲やブログには誰も見向きもしません。当然ながらパトロンなどつくはずもありません。
でもそれは当然かもしれません。普通プロのものとアマチュアのものが同じように無料で配られていたら、どっちとるかはわりと明らかです。平等な競争とはメジャーアーティストと無名人の間ででも容赦なくおこるのだから。つまりそこには「プロだから〜」という言い訳が通じないのと同様に「アマチュアだから〜」という言い訳も通じないのではないでしょうか。


では無名人はどうしたらよいのでしょうか。
答えの一つは、インターネットでの物質的な見返りをそもそも期待するべきではないというものです。
リアルで金を稼ぎ、生活をする。インターネットで自分の書きたい事を書く。
つまり兼業アーティスト*2です。


そもそも誰かにお金をもらうということは責任を背負い込むことと同じです。つまりそれはスポンサーに対してのものでもあるし、書かれるものの「質」という意味でも。あまり背負い込みたくないものではあります。
見返りを期待しないという事はつまり、自由であることでもあります。
そこの割り切りさえできればこんなに恵まれた世の中はないと思います。その気になればひとりでゲームでも小説でもなんでもできる。一緒につくる友人さえネット上で探す事ができる。
昔にも兼業アーティストは多分いました。でも、兼業アーティストの届く範囲はとても狭かたんです、多分。
今は原理的には、インターネットを使えば兼業アーティストだろうとなんだろうと世界中に自分の作品を問うことができます。もちろん容赦なくその質を問われるということはとんでもなく恐ろしい事ですが。
「結果」はともかく「スタート」が限りなく平等に近づいたことはこれはもう諸手を上げて喜んでいい事のように思います。


・・・と、ここで話が終わればいいんです。ところが終わらない。
つまり、兼業アーティストの大前提である割り切りを誰もができるかというとそうでもないように思います。リアが充実(リア充)でネットがしょぼいのはそんなに問題はありません(くいっぱぐれないから)。でも、リアルがしょぼくてネット充実(ネット充)さらに、リアルもネットもしょぼかった時、私たちはどう思うのか、それに耐えられるのでしょうか。そこを「それはしょうがない」と斬って捨てる事が本当にできるのでしょうか。

*1:ギャグか

*2:こっぱずかしいなぁ・・・

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