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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

そして僕達は国境も企業も超えていく。超えていった先でもすることは同じだけど

妄想

http://d.hatena.ne.jp/setofuumi/20070529#p1
恐らく、これを最初に言い出したのが私なので、少し書きます。
元々、私がこれを言い出した時の「素晴らしい人々」ってモデルがいて、それは要するに私が今いる会社の人たち、とりわけ、私の上司と同期と600万ばばぁ*1の事を念頭に置いたものでした。つまり、ルサンチマンから出発している事は明らかです。それでも一応定義としてはこんな事を考えていました。

・「普通」の人たち、また「普通」である事を誇りとしている人たち
・「普通でない」人は「普通」にしなければいけないし、そうする事が「普通でない」人たちにとってもよいことだと思っている人たち


まとめると、まぁ「世間」と呼ばれているものの一部みたいなものを想定していました。
setofuumiさんがおっしゃりたい事はとてもよくわかって、結局私が一番嫌いな「レッテル貼り」を私たち自身が嬉々としてやってしまっている、というところのどうしょうもなさは正直言ってあります。「男ってのは・・・」「女ってのは・・・」「素晴らしい人々ってのは・・・」これが「お前らオタクってのは・・・」とか「非モテブロガーってのは・・・」ってのとどこが違うんでしょうか。が、それはわかっているんだけど、このある人種に対しての違和感を表現する適切な言葉が他に思いつきませんでしたし、今も思いつきません。
私はちょっと絶望的な気分になります。私たち被差別者(って言っちゃうよ、もう)ですら、別のところで敵を作り出し人を差別し、レッテルを貼っている事に。これは私が「真の非モテ」ではないからでしょうか。
結局、そうならないためには「男」とか「女」とか「DQN」とかでくくらず、自分が見て、知り合った個人個人について判断していくしかないのだろうけど、それは結構難しいことです。私たちはだれに限らず、自分が一回だけあった出来事や知った事を(よいことにしてもわるいことにしても)これが世界どこでも通じる普遍的な真理だと考えたいものですから。そもそも「美しい国」日本においては今後、異なる文化トライブに属する人同士が交流する場面はどんどんと減っていくはずです。恐らくオタクもバスケのだぼだぼのユニフォーム着た人も、お互いに視界にすら入らなくなっていく、そうして作られた世界観が自分達に都合のよいものならなおさらです。ネットだと、情報が無限に近くあるから、余計にこの手の偏見は加速していきます。そして、ミソジミーは非モテにとってその意味において「心地いい」ものです*2。そして今日も見えないところで敵が作られ、お互いに知らないところでレッテルを貼りあっている。


私たちは国境も企業も超えていく、そしてその先で一人になる。
敵はどこにいる。

*1:うちの職場にいた派遣社員

*2:もっとも、いわゆる非モテ批判者の「エロゲーは非モテの自己正当化ツールだ」とか「非モテはオウムだ」とか「非モテはニートだ(「全員が」そうだなんてだれも言えないだろうに)」といったものもほとんど同じものなんだから、あまり偉そうなことは言えない