古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

オーマイはロッキンオンジャパンになれ!

http://yaplog.jp/parsleymood/archive/563#tb
この辺を読んで思ったこと。


まーオーマイニュースとかがジャーナリズムとか何とか言ってる時はわりと片腹痛い私です。皆様如何お過ごしでしょうか。もうオーマイもブーム過ぎたと思うんですが、私は相変わらずたまに見てます。たまに見るといい感じで香ばしく焼きあがっている記事を見かけるので嬉しくなります。最近いい感じだなぁと思ったのは「北澤 強機」氏の「記事」。もう、ここは「焼きたて!!ジャぱん」かってぐらいに香ばしくなっていて嬉しくなります。


http://www.ohmynews.co.jp/news/20070611/12012
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070611/12011


ネットでのジャーナリズムが成立するための唯一の方法というのは、オーマイニュースにしろライブドアPJにしろ採用されている、記者登録制度をやめるということじゃないかでしょうか。
トラバ先、Parsleyさんのエントリを見ればわかるとおり、オーマイなりPJなりというのはここを「ネットは自由だから」というのを言い訳にしてめんどくさがっている、もっと意地悪くいうと最初から「市民記者」の「上昇志向」を食い物にするつもりでいるからいつまでも「市民記者」の登録制にこだわるのだろうけど。暴言吐いとくと、ようするにオーマイニュースというのは、今、あるタイプの人間の承認欲求を満たす「肩書」を発行するためだけに存在している。あるタイプの人間にとってオーマイやPJは市民記者制度を維持してくれないと困まる、それは彼らにとって記事がどうこうなんていうことはどうでもよくて、市民記者○○という肩書きでモノを書く事が何よりも必要ですから。私達が何だかんだといって○○部長とか、課長とか、相手が東証一部上場なのか二部なのか、有限なのかを気にしてしまうのと同程度に、肩書きを増やすのが自意識のありようというのはまま普通にありうる事です。私もまぁそうだし。ただ、問題は書かれた記事の質がとんでもなく低いという事です。そして、このタイプの人間は絶対にいなくならないと断言できます。


わかっている事というのは、オーマイなりPJなりが提供する(できる)「マスコミのノウハウ」なり「市民記者のテクニック」というのがネットではほとんど無意味なものだということ。PJなんて有料セミナーやってあの体たらくってある意味すごすぎじゃないですか。ならばそんなものの提供はやめて、来たものの編集に特化すればいい。
つまり、市民記者の登録制を廃止して、誰でも「投稿」はできる。ただし、「掲載」は物凄く難しい制度にする、という事です。そうすると、あらかじめそれなりにプレゼンスのあるサービスなりサイトなりがネットジャーナリズムの担い手としての資格がある、ということになります。例えばグーグルなりアマゾンのような。投稿して「掲載」される事が「名誉」になるぐらいの。つまりそれはウェブにおけるロッキンオンジャパンになるいう事です。ロキノン形式が好きか嫌いかは別にして、ラッドなんとかに日本のロックを任せるのと同様に、オーマイに日本のウェブ文化を任せてみるのも面白いかもしれない。


私としてはせめてファミ通町内会にしてほしいんだけど。