古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

ワールドエンド・スーパーノヴァ

http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20070708
ちょっと昔の記事ですが、あえて取り上げてみました。
p_shirokumaさんがおっしゃっているのはいちいちもっともだ、と私も思います。
自意識のありようとして「クリエイター気取り」というのは凄くよくある話で、それこそ大学の軽音とかアニメ研究会に行けばそういうことを日夜言っている黒ぶち眼鏡や朝青龍似の女(声優志望)が山ほどいるわけです。
その中でいつか来たるべき「フジロックのグリーンステージにアーティストとして立つオレ」を妄想することは短期的な心の安定には役に立つのですが、長期的には恐らく何も生み出さない、という事は多分間違いないでしょう。
ただ、それでも無粋を承知で私が思うのはクリエイター気取りといっても2種類あるということです。本谷有希子(最強の文化系女子)の「腑抜けども悲しみの愛を見せろ」でも描かれていましたが、つまり「アーティストという肩書きが欲しい人」と「何か作らないとないと死んでしまう人」の2種類です。前者にとってはクリエイター気取りというのは気分の問題だと思うのですが(だから他のものでも代用できる)、後者にとっては「ぼくがゲームを作らないと世界が滅んでしまうから*1」という自分の存在を賭けた問題になってしまうのではないのでしょうか。
ただ、わりと「アーティストという肩書きが欲しい人」と「何か作らないとないと死んでしまう人」というのは生まれた時から決まっていると思う人は多いような気がしていて、だからこそ「Winnyでエロ画像ばっかり見てるフリーライダーは死ね、でもクリエイターはWinny使ってもいいよ」なんていう事がまかり通るのだと思うのですが、自分は少し違っていて、何かちょっとしたきっかけで「アーティストという肩書きが欲しい人」が「何か作らないとないと死んでしまう人」に変わると思っています。そのきっかけは自分が作った同人誌かもしれないし、ニコニコ動画かもしれないし、Winnyかもしれない。
それはもう自分がクリエイターたらんという自意識をもって活動してみて、どんなにしょぼくてもいいからなんかを作り続けないとわからないのではないかなと思います。要するにもうクリエイターを気取って思いっきり勘違いしてみない事にはクリエイトなんて始まらないのではないかな、という事です。
ただ、そういうid:republic1963みたいなしょうもない自意識を持ってしまった人が気をつけなければならないのは一つだけ、これからは「クリエイター気取りなのにクリエイトしない」事に対しての言い訳がどんどん出来なくなっていくのではないかなと思います。

*1:http://blog.lv99.com/?search=%A5%DD%A5%BF%A5%E9%A5%A4%A5%D6より。大好きな言葉