古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

Geek U.S.A(奇人USA)

承認欲求という言葉があります。
詳細については承認欲求 - Wikipediaを参考にしていただければ、と思います。
よく勘違いされがちなのですが、所謂「承認欲求の問題」というのは、「自分が承認されるか否か」という問題はさして重要ではなく、重要なのは「今現在の承認に満足しているか否か」ということだと思います。

事は承認欲求問題に限らないのですが、少し話は脇道にそれます。
世の中には自分の年収が100万円で満足している人もいます。ところが一方で、年収1億でも満足できない人がいます。普通、「自分の年収は100万ぐらいだろう」と思っている人は、実際に自分の年収が100万でも満足するでしょう。この人が不満足を感じるのは、「自分は年収500万がふさわしい」と思った時です。
つまり、人生のある事象における満足度というのは


実際の自分の姿―自分が思い描く自分の期待値


によってあらわされます。当然、これが+であれば、あなたは「満足」だし、−であればあなたは「不満足」です。
ここで、一つの事に気がつきます。つまり、満足度を改善するには、
・実際の自分の姿を期待値に近づける
・自分の期待値を下げる
のどちらかしか方法はありません(もちろん、「ある評価軸から降りる」ことは非常に有効な方法ではありますが。Aという事象ではマイナスであってもBというところでプラス、そして合計でプラスであればいい)。


では、私たちの期待値はどうやって作られるのでしょうか。
まずは、過去の経験から導き出されたものがあります。つまり、「○○大出てるんだから○○ぐらいには就職できるであろう」といったことです。ところが、それとは別で「年収100万なのは世間的に少なく、みんなは同じ仕事で500万もらっている」と「教えられ」て期待値を高めることがあります。
「未経験でもクリエイターになれる」
「世の中みんな年収600万以上」
「私たちワーキングビューティ」
「俺たちみんな合コンでヤリコンでガハハだぜ」
これらは、みんな特に根拠はありませんが、みんなこれが正しいことを「教えられて」知っています。
世の中にはこの手の期待値を高めるための仕組みがいっぱいです。あらゆるメディアは基本的に期待値を高めさせるために存在しています。なぜなら、期待値と現実のギャップがあって初めて人はモノを買ったりするからです。
こうなりたい自分と実際の自分との間にギャップがあり、それを埋めようとする行為、それは資本主義そのものともいえるでしょう。


その意味で、赤文字系雑誌の読者というのは極めて資本主義的です。彼女らを操るのは簡単です、期待値を際限なく釣り上げてやればいい。「みんなこれをもっている」「みんなこれぐらいの彼氏を連れている」「みんな広報職*1」。一方でギャップの存在のみに怒り、ギャップを埋めようとしない人間は差別の対象となります。
その意味で、オタクというのは極めて資本主義的です。オタクを操るのは簡単です。期待値を際限なくつり上げてやればいい。「これぐらい集めてないと」「知ってないと」「見てないと」。一方で情報のギャップの存在のみに怒り、ギャップを埋めようとしない人間は差別の対象になります。

承認欲求というのも基本的には同じ話です。
「ダヴィンチに『評論家』という肩書で登場したい」と考えている人間に、「はてな村で有名だからいいじゃないか」と言っても、それは全く意味がありません。「たまにエロマンガ書きたい」と思っている人に「もっとマガジンとかに載るようなマンガ書こうよ」と言っても対して意味はありません。
ここまで書いて、よく所謂論壇にいる、小姑みたいな事を言う人が、「日常の豊かさ」みたいな期待値を下げるような事を推奨する理由がわかると思います。
つまり、
「実際の自分の姿を期待値に近づける能力があるのは俺だけだから、一般人は自分の期待値を下げとけ」
ということを言いたいのだと思うのです。
それはまぁたぶん正しい。
ところが、私は思うわけです。こうなりたい自分と実際の自分との間にギャップがあり、それを埋めようとする行為、それが文化そのものではないかと。

*1:もしくは、IT企業勤務か雑貨屋でもいい

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