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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

Everyone Everywhere

ニートニートとよく罵倒されたり、問題視されたりします。私はまぁほとんど社内ベンチャーならぬ社内ニートみたいなものなので非常にシンパシーを感じるのですが、本当のところどうなんでしょうか。賢明なる読者諸賢におかれましてはすでにとっくにご存じかもしれませんが、改めて気がついたことをメモしておきたいと思います。


ウィキペディア大先生にニートの意味を聞いてみると、

「16〜18歳の教育機関に所属せず、雇用されておらず、職業訓練に参加していない者」

ニート - Wikipedia


との事です。

しかし、例えば親に預金が二億ぐらいあるニートだったら、働かない事って大した問題ではないと私は思います。一生働かなかったとしても別に生活に困らないから。
仕事してない=パラサイトっていっても、親のスネをかじってふらふらしている人間は昔からいました。そう、この手の人間はかなり昔から一定割合でいました。
こういう人たちを普通「どら息子」と言います。もっとよい表現をすれば、「貴族」です。
彼らのようにすでにまとまったお金が手元にある人々が働くか働かないかというのは単純に「人間として生まれた以上、額に汗して働くべきだ」という倫理・道徳の問題でしかありません。この手の人々を批判する理由というのも結局は「俺達は一生懸命働いてるのにお前らはだらだらしやがって」というやっかみ以上のものではありません。逆に言うと、ニートに対する批判(すべこべ言わずに働け、とか)というのはこの手の素朴な道徳観に立脚している部分があるからこそ、反論がとても難しいのだと思います。
ちなみに私は、彼らのような小金を持ってふらふらしている人たちの存在を否定しません。
なぜなら、ある種の文化というのは彼らのような人々によって担われているからです。そういう人に「働け!」と強制するほうがよっぽど問題だと思います。だれだって働かずにふらふらできるのであればそれに越したことはないというのはだれも口に出さない真理ではあるでしょう。


話がそれました。
つまり、何が言いたいのかというと、ニート問題というのは働き口がない(もしくは不安定)なのが問題なわけでは必ずしもなくて、最大の問題は金がない(これは別に働いた金でなくてもいい)という事になると思います。
鶏が先か卵が先かみたいな問題ではありますが、その意味で赤木(智弘)さんが「三百万よこせ!」って言っているのはたぶん正しいと思います。ニート利権という言葉もありますが、職業訓練とかするくらいならそれを作る予算で低利で金を貸し付けるような仕組みを作ったほうが直接的に支援ができる分、遥かにマシな遣い方だと思います。ただ、それでも新卒一括採用という壁はありますが。既得権批判も結構かとは思いますが、結局新卒一括採用が崩れなければ門戸が開かれる事は恐らくないでしょう。


一方で、自分が望む仕事につけない、という問題はもう少し複雑です。
つまり、これは労働なり仕事なりを「賃金を得るための手段」という以外の何かだと規定しているからに他ならないからです。つまり、自己実現であったり、名誉であったり、地位であったり、そういった
ものを獲得しなければならない、と考えています。こう考えている人は何もニートに限ったことではありません。世の中の多くの人々は「仕事で自己実現教」の信者です。そもそも「自分らしく働ける」職業ってなに?世間的には「クリエイター」って事になってるけど本当でしょうか?
よく「仕事をえり好みするな」という人がいますが、これは大変な間違いです。間違いというより無理な話です。社会全体で仕事をえり好みしているわけですから。
クリエイターや出版社勤務や広報や銀行勤めや雑貨店店主は良くて、ブルーカラーや単純労働は悪い。私のリアルの仕事はコピー機の営業をやっているのですが、Cancamの着まわし劇場でもなんでも主人公の職業として「コピー機の営業」が登場することなんてほとんど一度もありません。みんながみんなこの職業のブラック偏差値が高いことを知っているからそうなると思うのですが、仕事をえり好みしてはいけないのならこういった職業もエビちゃんシアターに登場していただきたいものです。しかし、世間全体でえり好みしまくってるのに、ニートの人にだけえり好みするなって言うなんてのは傲慢以外の何物でもないと思います。
この「仕事で自己実現教」は私たちが小さい頃から布教されますから、ある一部の人たちにそれを我慢しろという事はできませんが、当然ながらみんながそういった職業につく事はできません。
つまり誰に諦めてもらうか、という問題になります。そこで、何の競争も、そもそも同じスタートラインにすら立てずに諦めさせられた人たちが怒るのは当たり前のように思います。


つまり、「金がない」という問題と、「自己実現できる仕事につけない」というのは全く違う次元の問題であり、それを(わざと?)いっしょくたに論議するからニート問題はややこしいのだと思います。

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