古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

あえての文章系同人限界論

去年の文学フリマ→同期バレ→コミケ(真ん中のは関係ないだろ!)の過程において漠然と思っていたんですが、昨日のメルマガクリルタイの安倉儀たたた氏(id:leftside_3)による「同人:深化への思考実験」を読んで少しクリアになったのでちょっと書いてみる次第。
なお、週刊メルマガクリルタイはバックナンバー含め以下にて好評配信中です。
http://archive.mag2.com/0001000147/20100125203000000.html

なお、以下に書く内容は「文章系同人」=「文章を中心とした同人誌(文学フリマコミケの3日目「情報・評論」ブースに出店したりする同人誌の事の総称)」において、多少なりとも「売りたい」「注目されたい」という考えを持つ、よくいえば野心あふれる、悪く言えば調子乗ってる人たち向けの内容となります。


結論として、文章系同人っていうジャンルはまだそれほど注目もされてない(シーンとして立ち上がってすらいない)けれども、その実、結構ヤバいんじゃないかと思います。


・そもそもの問題として、文章系同人誌の主なフィールドである「小説・評論」というジャンルは供給過多である。
文学フリマにおいて大手かどうかを判別する基準が3ケタ=100部なのもそうだし、あれだけ界隈で騒がれたゼロアカ道場は500部、東浩紀宇野常寛というツートップが組んでコミケでだすのも2000部という事実は相当厳しい。
・非難を承知で書くと、文学フリマの出店者はわりと「文学批評のチカラ」的なものを無邪気に信じてしまっているような感じがある。良くも悪くもコミケ3日目の方が、「小説・評論」だけにとどまらない色んな作品があったように思う。信じるのはいいんだけど、まぁ売れないよね、という。つうか、信じるのはテレビのチカラ(by中山ヒデ)だけで十分。
・市場の評価として「『PLANETS』以外の評論系同人誌っていらなくね?」という話になって全然おかしくない。っていうか、それぐらいの需要しかないんだからしょうがない。
文章評論系同人の書き手の多くが「商業出版」ないし「論壇村への参加」をゴールとしている節がある(というか、現状それ以外の目標設定ができない)が、そのゴール設定自体が間違っている可能性がある。っていうか間違っている。
・「商業出版」、中でも「小説・批評」ジャンルのヤバさ=食えなさ/売れなさは今更あえて言う事ではない。
・同人マンガ界隈の状況についてはよく知らないけど、同人マンガ→商業出版という回路があるマンガに比べて文章評論系同人の世界に関しては、最初からずっと撤退戦だったのではないか。つまり、商業でペイできないから同人、という。
文学フリマっていうか「小説・批評」含めてだけど、なんか東京のみでローカルに消費される話題なんじゃないかと思う。自分のリアルでの周りにそういう人がいないからかもしれないけど。


自分の基本的な考え方として、コンテンツの優劣(≒面白い・面白くない)以前に市場に適当な評価をされなければそのシーンが持続するのは難しいと考えています。各人の趣味+手弁当でやるにしても限界がある。要するに、今100部しか売れないものが急に10,000部売れるようになるわけはないのだから、売れないなら売れないなりの仕組みを作っていかないと厳しいし、それを文学フリマだけにやらせておくのは酷な事のように思えます。かなり身も蓋もない事もかいたけど、自分としては文学フリマや、この界隈というのは基本的には好きだし、シーンとしてできる限り長く続いてほしいとは思っています。


という事で、自分からの提言としては安倉儀たたた氏とかなり被る部分もありますが、以下の通りです。


・イベントでもなんでもいいけど同人誌(CD)に留まらない事をやっていったほうがいい(少なくとも、「シーンとしてなんかあるな、という告知が必要」)
・「手に入りやすさ」における地域格差を極力なくす。ぶっちゃけ、今の状態だと超大手と呼ばれる数誌を除いて、東京圏以外で手に入る可能性が極端に少ない
・「文章系同人」の可能性をもう少し広げる努力をする。CDついててもいいし、ゲームついててもいいし。id:extramegane氏らがやっているような形での表現の可能性を広げる動きが重要。


こういった動きが重要だし、私は非才ながら粛々とやっていくつもり。もっとも、クリルタイなんて海のものとも山のものともしれない同人誌なのに偉そうなこと言ってすいません…。


(1/27 0:41追記)お詫び
本エントリアップ後、多方面より、ご指摘・ご教授いただきましたが、本エントリの現状分析の部分に関して、基本的には「評論」界隈での私の活動における実感であるにも関わらず、「評論」と「小説」の同人活動の状況がまるで同じであるかのような誤解を与える表現となっておりました。お詫びして訂正させていただきます。私自身も何度か小説らしきものを書き、同人誌に寄稿するなどしていますが、小説同人誌のジャンル全体にまで知っているわけでもなく、本エントリのような性質のエントリにおいて語るのはあまりにも軽率でした。申し訳ありません。

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