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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

「黙る技術」

妄想

今回の東日本大震災。被害にあわれた方の一日も早い復興を願ってやみません。私の住む岐阜では幸いにも被害は皆無と言っていい状況でしたが、東海地方では東海大地震等の事案もあり、人ごととは思えません。小額ではありますが、TUTAYAのTポイントを今回寄付させていただきました。
http://tsite.jp/


さて、今回、ご多分にもれずネット界の一部では大変に清清しい日常が展開されておりました。すでに何度も指摘されておりますが、twitterで拡散するデマやここぞとばかりの「気に食わない奴叩き」等の日常を見るにつけ、twitterであろうがなんであろうがYAHOOニュース論壇、mixiニュース論壇と大して変わらない人が多数いるという当たり前の事がらに改めて気付かされます。
もっとも、twitterの場合、そうした質の低い話やデマ等に対するカウンターという意味ではある程度機能しており、twitterをハブにして色々な情報が媒介されていく様子を見るにつけ、今後はネットにおけるインフラとしてより重要になるのではないかなと思う次第です。

一方で、通常運転にて震災中も様々な情報を竜言語魔法なみにたおやかな上級言葉をにてつぶやかれていた某アルファブロガー*1やそれに全のっかりで平常運転のこれまたアルファブロガー*2などを見るにつけ、非常に清清しい気分になります。こうした特に「BLOGOS周辺」の人々の「語りたがる欲望」は一体何なんなんでしょうか。ありとあらゆる事件に便乗し、ご高説を開陳し、揉め事を起こし、PVを稼ぎ風のように次の事件現場にさっそうと現れます。
それに比べて、今回一番心に残ったのは橘玲氏の原稿でした。
http://www.tachibana-akira.com/2011/03/2376
簡潔かつ、余計な事を言わないという姿勢に対しては本当に頭が下がります。


以前「ネットみのもんた*3」と題していろいろ書きましたが、「色々な事を訳知り顔で語って(できれば追加の効果として)ダメな人を説教したい」というのは、古今を問わず我々の最も好きなことの一つであります。リアルの人間関係であれば、「そんな事いうけどアンタ実際はどうなんだよ」というツッコミが入ることもあり「訳知り顔で語る」事にも限度がありました。ところが、ネットでは「ディスプレイの向うの相手の人生に責任を持つ必要はない」ため、私達の「言及したい欲望」は事実上無制限、そして、その「訳知り顔で語る」事ができる最大のトピックの一つが恋愛、非モテ系トピックであった事は論をもちません。そもそも、ブログやtwitterをやるなんていう人間は多かれ少なかれ、自意識過剰で自己顕示欲の強いタイプの人間です。
だから、本来は専門外の事であってもしゃしゃり出て語りたくなってしまいます。これは、人間本来の欲望にしたがっている訳ですからもう仕方がないわけです。
それに第一、テレビをつけてみれば、池畑慎之介やくみつる、大谷昭弘大先生や二宮清純が毎回「専門外」の「色々な事象」に対してご高説を開陳しいらっしゃるのだから、二宮清純はやっていいけど俺はダメなはずはない、と考えるのはある意味当然です。
ただし、今回のような非常事態においてこうした「しゃしゃり出てくるアルファ的な人による「言及したい欲望」」の発露はかなり都合が悪いのではないのでしょうか。もちろん、デマや不正確な情報が拡散するという問題もあります。でも、それ以上に問題なのが、そこでおこなわれている事が「アルファ的な人々」が最も嫌っているはずの「既存メディアのワイドショー」的なものでしかない、という事実です。というか、ワイドショーでは確かに長嶋一茂が震災とかにコメントするけど発言内容が最低限管理されているだけまだマシなのではないのでしょうか。つまり、「既存マスコミに対するオルタナティブ」を自認するアルファ的な人々を中心に展開する「twitterワイドショー(笑)」自体によって、ネットのオルタナティブとしての価値は死んでいく、といく事になるのではないのでしょうか。そして、それはアーキテクチャがはてなだろうが、mixiだろうがtwitterだろうがfacebookだろうがYAHOOニュースだろうがなんだろうが、多分変わらない。


つまり、私がいいたいのは、発信している人間にとって「黙る技術」は最も必要なスキルの一つなのではないのだろうか。自分が専門的な知識を披露できない事象、特別強い関心のもてない事象については黙る。今回のような災害時には本でも読んで過ごし、早めにPCの電源を切って寝る。無意味な「平常運転記事」を書いているよりもそちらのほうがよほど役に立つのではないのであろうか。
そもそも、「全ての事象に対して関心をもち、深い洞察を元に記事を書く」なんていうことはどだい、無理です。それを強いるネットメディアの編集側にも問題はあるでしょう。だがコメントを求められていけしゃあしゃあとコメントする「アルファなひとびと」。彼らこそが自分の自意識を見透かされているのではないのでしょうか。


また、読者側としても、A分野の専門家に対して他全ての発言を信用するのは極めて危険(逆もまた真なり)です。だから、こうした「通常運転記事」に対してスルー力を発揮する事が求められる。つまり、「発言者のバックボーンを良く精査する事」が求められる。


発言者には黙る技術、読者にはスルー力
それがネットに生きる基本スキルなのではないだろうか。


追記:ちなみに本文中で「BLOGOS」批判のように受け取れる記述があったが、確かに「BLOGOS」には劣悪な原稿も多数あったが、それでも、BLOGOSの「懐の広さ」は評価する必要がある。
http://news.livedoor.com/article/detail/5414245/
(MIT研究者Dr. Josef Oehmenによる福島第一原発事故解説 )
のような読んでいて非常に興味深い高い原稿も多数投稿されている。

*1:参考:http://anond.hatelabo.jp/20110319113428

*2:参考:http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/

*3: http://d.hatena.ne.jp/republic1963/20080806#p2

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