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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

「『宮台真司』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、ぱにょ。」

少し前の話だが、赤木智弘氏がtwitterでこんな叫び声を挙げていた。

 

 

色々とツッコミどころはあるだろうが、とりあえずそれは置いておく。こういう発言に対して「炎上商法」だとか言ってバカにしたり、「いつかいい人があらわれるといいですね」的な濁しを行うことは簡単だ。だけど、自分の考えはそういうのとはもう少し違う。

それは、婚活はそのまま世代論、一種の若者バッシングという側面があるからだ。つまり「最近の若者はなってない」の「なってないこと」の一つに「結婚もできない」が入るのだ。

 

そもそも、婚活という業界に身を置いて、最も強く感じることは「婚活において最も勝ち組みなのは婚活しない人だ」という事だ。前にexciteでも書いたが、『Oggi』読者の平均結婚年齢が26.4歳、しかも平均年収は男性で597.3万円、女性でも413.8万円で世帯年収は1,000万円を超えている。これからわかるのは、要するにキャリアウーマン系で結婚してるような女性は、それなりに名前の通った大学に通う中で結婚相手をみつけ結婚するか、もしくはこれまたそれなりに名前の通った企業に新卒で入ってそこで同僚や先輩と結婚する。いくら上野千鶴子あたりが大変だと言ってもこの人たちは勝ち組だ。そして、こういうタイプの人が婚活市場に参入してくることはまれである。

 

誰だって、就職してからもう一回就活したくないわけ。「自然に」相手が見つかるならこれほどありがたいことはない。で、それが無理だから婚活してるわけ。

 

つまり、婚活市場というのははなから「結婚したいけど結婚できない」「専業主婦になりたいのになれない」といった需給ギャップをアテにして成立している市場である。だが、こうした需給ギャップが起こるには、「結婚している状態が普通である」という前提が必要である。先にあげたような、ほっといても結婚できる人たちや、はなから結婚を諦めている人(そして、人の言うことにも耳を貸さない人)にとって、婚活とは「どこかよその国で起こっていること」である。

マンガ『国民クイズ』でこんなセリフがある。

「サラリーマンが一生働いて都内に家の一軒も持てない社会は確かに狂っている!!しかし住宅が欲しいという当然の欲求をあきらめろとは誰にも言えない!!」

世紀の名台詞である。だが、このセリフを読んでもイマイチ理解できない人もいるのではないだろうか。バブル崩壊から20年以上経ち、このセリフに心を動かせるのは「あの頃」の雰囲気を多少でも感じている人たちだけだろう。「あの頃」はみな土地付きの家を買うのが普通で、地価はずーっと上がっていくもんだと思っていた。大人たちはそう思っていたし、子供の俺もそう思っていた。

 

同じように、「結婚しなければならない」という前提を規範化し、それに苦しむ世代も我々「梯子を外された世代」(cfシロクマ先生)が最後なのかもしれない。そして、そういう前提のない人たちは、多分、婚活という努力を放棄するだろう。婚活の就活との最大の違いは就活をしないと生活できないが、婚活はしなくても生死にかかわることにはならないということだ。誰だって、婚活で自分を否定されるよりはゲームやったりアニメ見たりしてたい。そんな「不自然な努力」を続けるには、必要な規範・前提があるのだ。

 

そんな時に赤木氏の叫びが聞こえてこないだろうか。「一生働いて都内につつましい家庭も持てない社会は確かに狂っている!!」。だが、「しかし専業主婦になりたいという当然の欲求をあきらめろとは誰にも言えない!!」のだ。そして、そんな叫びの前に私たちは何もすることはできないのだ。だけど、誰がそれをバカにできる?

国民クイズ  上

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