古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

「あきらめる」瞬間

これは本田透なんかは決して言わない事だが、所謂「萌え」という感情は後天的に発生する感情だ。
当たり前だが、生まれてきたばかりの人間はエロゲーの美少女に恋したりはしないし、セカイ系の純愛物語に自分を重ね合わせたりはしない。どんな人間であれ、恋愛に憧れ三次元の異性と付き合いたいと願うものなのだ。生まれてきた時には。
では、人生のどこの局面でそういった恋愛至上主義をあきらめるのだろうか?
私はそこは中学2年生ぐらいだと思うのだが、どんなシチェーションで恋愛至上主義をあきらめるのだろうか。非モテ全員がこっぴどい恋愛の失敗を経験しているかと言われればそうでもない気がする。この辺はスクールカーストにおけるC認定とセットのような気がするのだが・・・。つまりC認定による敗北と共に恋愛至上主義への敗北もまた宣告される。私なんかの認識だとそうなってしまう。しかし、今のオタクってのはそうでもないような気がしている。スクールカーストでC認定を受ける前に「萌えて」いるんじゃないだろうか。
それがどういうことなのかはよくわからんけれども。
ともかく、どんな局面で非モテになるのかその人がどんな非モテになるのかが決まってくるような気がする。