神山健治版サイボーグ009(009 RE:CYBORG)とネットの正義
その昔(つっても3年前だけど)、神山健治版サイボーグ009(009 RE:CYBORG)というのがあった。
とにかくアクションシーンと音楽が秀逸な映画だったというのが最初の印象だったが、何度か見直すうちに印象も結構変わり、先日めでたくマンガ版が完結したこともあり、最近またこの作品について考えることがあったのでエントリを書こうと思う(ちなみに石ノ森章太郎の原作はほとんど読んだことはない)。
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●どんな話だったのか
今さらなんでこんな事を書くのかというと、この作品の「敵」の概念が割と示唆的だったからだ。
その話に入る前に、ストーリーをかいつまんで説明する。
石ノ森章太郎の代表作『サイボーグ009』のリメイク作品である009 RE:CYBORG。
映画『009 RE:CYBORG』(サイボーグ009)予告編01
作品の舞台は2013年。
この世界でのサイボーグ009たちは全員散り散りになっていて、祖国の諜報機関に所属するもの、考古学者になったり自分で商売を始めるもの、ギルモア財団(主人公たちの基地みたいな存在)に残るもの…そして、なぜかずっと高校3年間をループし続ける主人公・島村ジョーが六本木ヒルズに向かうところから話が始まる。
で、世界をゆるがす事件を経て彼らが再結集するというのが大まかな話なのだが、
この作品で登場する敵というのが良くわからない。
この作品で設定されている「敵」というのが、なんか悪役やボス的な人が出てくるわけではなく、
「人類は一度やり直さなくてはならない」という謎の「声」を聞いた人たちが敵なのだ。
彼の声を聴いた人たちが、テロやら核爆発やらなんやらを起こして「人類をやり直させ」ようとするのを止めるのがゼロゼロナンバーサイボーグたちだ。
●「世界を救う」という事に関して
いわゆるホームグロウン・テロやマンガ『ワールドイズマイン』のようなテロリストを、009達が止める。
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というのがこの作品のめちゃくちゃおおざっぱなストーリーなのだが、途中(というか序盤で)話がよくわからなくなる。
なぜって、主人公である島村ジョーが「彼の声を聴いた」と言いだすからだ。
島村ジョーが「彼の声を聴いた」のだとすると、彼が信じる正義とは何か。
結局、彼らがなそうとしていることも形を変えた「人類やり直し」に過ぎないのではないかと思えてしまうのだ。
そもそも、高層ビルをテロで爆破するというのも、その実行犯にとってはそれが正義だと確信して実行しているわけだ。
実際、自分が聴いた「彼の声」について島村ジョーはこう答えている。
いつ、どこでというようなはっきりした自覚はないんです
ただ気が付いた時には…
自分の頭の中に「彼の声」に従うことが「正義」なんだという強いイメージがあったのです
普通に考えれば怖すぎる主人公である。
アホか、と。
だが、言い方を変えれば、島村ジョーことテロリスト未遂犯にとっては、自らの正義を全く疑っておらず、自らを世界を変革した英雄だと信じて疑っていない。
そんな人間と対話することができるのだろうか。
前作である『東のエデン』では、とりあえず「日本はこのままだとマズい」という根本の問題意識は作中で共有されており、そのためにどうするのか、「ジョニーをちょんぎる」のか「国家規模の〝ダイエット〟(by物部 大樹)」なのか、方法論の違いという事でストーリーは進んでいく。だからこそ、彼らの間では対話が成り立つ。
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だが、『009 RE:CYBORG』の作品世界ではそれすらもなくなり、誰がどうして「人類をやり直す」のか、なんで「人類をやり直す」のにドバイに爆弾を落とさないといけないのか、さっぱりわからないのだ。
つまり、自分には全く意味不明の「正義らしきもの」がぶつかり合う世界。
そして、お互いの会話は不可能。
それが神山版・009の作品世界なのだ。
●「彼の声」とは結局なんだったのか
作品内では、最初「彼の声」とはテロリストになるトリガーみたいなものだとおもわれていたものが、実は「神」なのではないかという仮説が中盤あたりで示されていき、さらにわけわかんない方向に向かうワケなのだが、いや、そんな大それた話かと。
「彼の声」聞いたやつなんてそこらじゅうにいるじゃないかと。
つまり、「自らの内なる『正義』に目覚めてしまった人たち」だ。
彼らはある時はネットの論客として登場し、またあるときはコメント欄の「評論家」として活躍する。彼らはある種の自己顕示欲過剰であり、自分の「正義」のために「悪」を攻撃する。
Yahoo!ニュースやBlogosのコメント欄を見てみれば、twitterやfacebookを見てみれば、ありとあらゆるところで「正義らしきもの」がぶつかり合ってはいないだろうか。
具体的な事例を挙げればいくつも心当たりがあるだろう(事例は挙げないけど)。
ネットの世界はバカ探しゲームだ。
彼らは自分の内なる行動規範(=神)に基づいて「バカ」を探し出し、「彼はバカだ」と大声で叫ぶ。実際、彼ら・彼女らにとってはその「バカ」は「彼の声を聴いたテロリスト」以外の何物でもないだろう。
だが、そんな彼らこそが他の人間にとってみれば「彼の声を聴いたテロリスト」という事になる。
現に、ある人たちを攻撃する「良識派」の人たちが実際は別の眉をひそめる行動をしていた、というのはネットの世界ではよくあることだ。
そして彼らと会話する前提条件がそもそも成り立たない。
つまり、あなたのディスプレイ越しにみるあの書き込みは「彼の声」によるものかもしれないのだ。
では、どうするべきか。
他者や異なる意見をすべて拒絶すべきか。
バカ探しゲームをずっと続けるべきか。
「終わらせなければ、始まらない」のだろうか。
※川井憲次のサントラもいいので是非。