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古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

フリーライター・婚活ライター・婚活アナリスト、古田ラジオのブログです。

学級会化するポストモダン

↑タイトルには意味はありません

※りぱぶりっくさん天狗状態


http://www.absoluteweb.jp/ohno/?date=20070610
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20070611


私は論争をリアルタイムで追っていないので、何ともいえないところがあるんだけど、ちょっと考え込んで(ログも少し漁って)みました。

本当に忌むべき暴力とは、実は個々の罵倒でも罵倒者でもない。論理立てた批判も議論もせず罵倒を繰り返す者を許容することで、罵倒された人々を二重に罵倒することになる「場」である。そういう「場」を、人間関係のしがらみによって曖昧に維持しようとする人々である。

と大野さんは書かれています。これは建前論としてはよくわかります。
しかし、事はそんな上手くいかない。なぜならみんな他人の事なんて大して関心がないから。いじめ問題などで典型的なように、リアルで、自分の目の前で目を覆うような事態が起こっていても、私達は無関心になることができます。ましてや、それよりも遥かに距離の離れたネット上では友達だろうがなんだろうがディスプレイの向うで行われている他人のそれは「わたしたち」にとって本当に「どうでもいい事」になります。そして、無関心であっても友達として振舞える*1、それがネットの距離感というものではないでしょうか*2


では、この無関心は○か×かというとこれは物凄く難しい問題です。
普通に考えれば×なのは明らかです。リアルでのいじめがけして許されないように。恐らく大野さんも加野瀬さんも
この辺を自明としているように思えます。ところが私はここで簡単に×を出せないように思います。
インターネット上の「友人」にそこまでコストを払ってまで親身になる必要があるのか=私たちはリアルでのねっちょりしたコミュニケーションが嫌で嫌でしょうがないからネットをやっているんじゃないのか という疑問がマズ一点。そして、自分みたくネットでも皆さんの温かい目によってのみ辛うじて存在を許されているような人間からすると、そうやって学級会チックに他人の無関心を指摘し合い、他人に関わりあうようなウェブ空間というのがどことなく窮屈なものだと感じてしまうのが二点目です。そして「自分は他人の事殴るけど他人が自分の事殴るのは許さないよ」という人たち、私は以前からそれを曹孟徳主義*3と呼んでいたのですが、そういう人たちのしょうもなさというのも以前からエントリにしてきたつもりではあるのですが、そういう人たちは結局いつか「見えざる神の手」によって駆逐されるであろうからいいんじゃないかと思うのは楽観的に過ぎるのでしょうか。
とは書きつつも、私は学級会ばりの正論を言うことの必要さというのも感じているところではあります。


つまり、よくわからない、というか書いているいまでも答えが出ていません。
ただ、わからないけど、他人への無関心への疑問は常に持つべきだと思います。ほっておけば無関心に流れがちなので。

*1:一回でもリアルであってしまうとまた違ってくるのが不思議

*2:ネットの距離感って物凄く難しい

*3:http://d.hatena.ne.jp/republic1963/20061224#p3

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